作家志望で三児育児中の40代主婦

長女(8歳)、次女(3歳)、長男(1歳)の育児をしながら、小説やエッセイを書いています。

特技がほしい!

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「けい。がい。じょ。じょう。こう。かん。せい。さい。ごく。ごうかしゃ。あそうぎ。なゆた。ふかしぎ。むりょうたいすう」

 呪文のような言葉だか、これが何を意味しているのか、知っている人は少ないのではないだろうか。

 この言葉は、数の単位である。小学生が算数の授業で習う単位は、せいぜい「一。十。百。千。万。億。兆」くらいのものだろう。「兆」より上の単位が上記の「けい。がい。・・・」なのである。

 私は小学校三年生の時、誰に頼まれた訳でもないが、徹夜で数の単位を暗記した。その理由はこうである。

 当時、私はある仲良し四人グループに属していた。私以外の三人は成績優秀、活発で目立つタイプの女の子達だった。一方、私はといえば、大人しく、特に取り柄のない地味なタイプ。では何故、彼女達と同じグループに所属できたかといえば、全員が同じマンションに住んでいたから、という理由だけだったと思う。学校から徒歩一分のマンションで、親同士がご近所付き合いで仲が良かったこともあり、子供である私たちも自然とよく遊ぶようになった。

 グループの三人は、成績優秀な上、さらに各々、特技を持っていた。ようこちゃんは、クラスで一番足が速い。まきちゃんは、書道で初段を持っている。あやかちゃんは、キッズダンスコンテストで二位になったことがある。

 私には・・・、何もなかった。成績は下のほうだし、スポーツも芸術も、平均以下。どんなことでもいいから、人より少しでも秀でるものがあればいいのになぁ、といつも思っていた。自分の得意なことを生かして、キラキラ輝く彼女達を見て、羨ましくて仕方がなかった。

 ある日、たまたま寄った図書館で「数のヒミツ」という児童書が目に止まった。当時「ヒミツ」とか「フシギ」という言葉に惹かれる傾向があったので「数」に対して興味があったわけではない。パラパラめくっていると「数の単位」というページに目が止まった。

『兆の上にも、数の単位があることを知っているかな?』という見出しがあり、冒頭に書いた長い呪文のような単位が載っていたのである。

 これだぁ!

 私はピーンと閃いた。小学生で、兆より上の単位を全て暗記している人はいないだろう。これは私の特技になる!

 早速「数のヒミツ」を借り、一週間かけて暗記した。これを皆の前で披露すれば「おおっ!」「スゴイ!」と拍手喝采を受けるに違いない。一目置かれること間違いなし!

 皆から羨望の眼差しを向けられる己の姿を想像し、ニヤニヤと笑いが止まらなかった。そして、ついに暗記が完了した。私は勇んで、仲良しグループの前で発表した。

「ねえねぇ、兆の上にも数の単位があるって、知ってた?」

 仲良しグループで下校中、突如、そんなことを言い出した私を、三人がキョトンとした顔で見つめた。

「兆の次? 一兆、十兆、百兆、千兆。ん? その次、どうなるんだろう」

 ようこちゃんが首を傾げる。

「万兆、億兆、てあるの?」

 まきちゃんが、顎に手をあてて考え込む。

「知ってるー! ケイ、でしょう?」

 あやかちゃんが甲高い声をあげた。

 えっ! 知ってるの? 私はドキッとした。

「前に本で読んだことある。兆の次は、ケイ、でしょう?」

 私はビクビクしながら「じゃあ、じゃあ、ケイの次は知ってる?」と聞いた。

「それは知らない。もっとあるなぁ、というのは見たけど、ケイしか覚えられなかった」

 よしっ! 勝った! 私は大声で発表した。

「私、知ってるよ! じゃあ、いくよっ。ケイ、ガイ、ジョ、ジョウ・・・」と、冒頭の呪文を唱えたのだ。

「すっごーい! そんなにたくさん、よく覚えたね!」

 三人は拍手喝采。私の願望は成就したのである。私が数の単位を言える、という噂は瞬く間にクラス中に広がり、私は事あるごとに、この特技を披露した。そのたびに「スゴイ、スゴイ」と言われ、私は得意になっていった。

 しかし、この特技が通用するのは、せいぜい中学二年生までだった。その頃になると「それが、何?」という顔をされ、スルーされてしまう。結局、特に取り柄のない自分に戻ってしまったのだった。

 不思議なもので、子供時代にしっかり身についたものは、いつまでも身体に染みついて残るようで、あれから三十年以上経った今でも「ケイ、ガイ、ジョ、ジョウ・・・」と声に出して言うことができる。(実際、この単位は全て漢字表記されるものだが、漢字では一切書けないことが、悲しいところである)。

 今では、六歳の娘に「ねぇ、ねぇ、知ってる?」と、いちいち披露し「おかあさん、スゴイねー」と言われてムフフと鼻を膨らませる、寂しい特技となっている。