ほろ苦い失恋
高校生の頃、友人のエリナが朝から浮かない顔をしていた。いつも大声で「ギャハハ!」と笑い、クラスのムードメーカー的存在の彼女が、暗い顔で一言も話さない。
「何かあったの?」
休み時間、心配になり声をかけてみた。
「あのね・・・。結婚してたんだって。子供も二人いるって・・・」
エリナは瞳に涙をいっぱい溜め、震えた声で言った。
えっ! どういうこと? まさか、エリナ、良からぬ男に引っかかって? いや、でも高校生でそんなっ。
「結婚って誰が!? どういうこと?」
私はエリナの両腕を掴み、きいた。
「吉井さんが・・・。イエモンの・・・」
目から大粒の涙をボロボロとこぼし「うう~っ」と唸っている。
よ、よしいさん~?
吉井さんとは「ザ・イエロー・モンキー」というロックバンドのイケメンボーカリストである。
「ああー、なーんだ。吉井さんかぁ。驚かせないでよー」
私はアハハー、と呆れて笑った。
「笑いごとじゃないっ! ずっと独身だと思ってたのにぃっ」
エリナは、キッ! と私を睨みつけた。
「そんな、泣くほどのことー? てっきりエリナが不倫でもしてたのかと思って、心配したじゃん」
「私は吉井さん以外、好きにならないっ」
エリナはハンカチで顔を覆い「うえーん」と子供みたいに泣いた。
エリナの失恋を軽く笑ってしまったせいで、しばらく口をきいてもらえなかった。
当時の私は、そこまで深く思い入れのある芸能人がいなかったため、エリナの心理は理解できなかったが、二十数年経た現在(四十歳)なら、少しは分かる。
私は「すかんち」というバンドのギタリスト兼ボーカリスト、ROLLYの大ファンなのだが、彼が結婚発表でもしたら、泣いてしまうかもしれない。
ROLLYの歌うラブソングを聴いて「ああ、こんなに想われて幸せ・・・」と、なぜか自分に向けてROLLYが歌ってくれている錯覚を起こしているのだ。もし、ROLLYが結婚していたら「この素敵な歌詞も、きっと奥さんを想って書いたのね・・・」と、寂しい気持ちになってしまうだろう。ファンとして、ROLLYの幸福を願っているので、彼には幸せな家庭を築いてもらいたいなぁと思いつつ、でも、特定の誰かのものになってしまうなんて嫌だ、悲しい、と矛盾した気持ちを抱いている。これがファン心理というものだろう(私だけ?)
四十歳になったエリナは、今でも吉井さんのファンである。当時の奥様と別れ、タレントの真鍋かをりさんと再婚した吉井さん。
「なんで、あんな女と!」
ブツブツ文句を言っているエリナは独身で、吉井さんへの愛を貫いている。一途なエリナもすごいけど、何十年にも渡って、エリナの心を虜にしている吉井さんも大したもんだなー、とテレビに映る吉井さんを観て、関心している。