作家志望で三児育児中の40代主婦

長女(8歳)、次女(3歳)、長男(1歳)の育児をしながら、小説やエッセイを書いています。

金を得るために、女子中学生がしたこと

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金が欲しい

 

 中学生の頃、可愛がっていた猫のポン太が血尿を出した。すぐに動物病院へ連れて行かなければ、と思い、母に病院代をせがむと「そんなお金ないよ」と、あっさり断られてしまった。両親はポン太に対して全くの無関心で、私が勝手に拾ってきて飼っていたのだ。

 ポン太はぐったりした様子で、食事も一切受け付けない。一刻を争う悪い病気だったらと思うと、心配で胸が張り裂けそうだった。何とかして、お金を調達しなければ!

 考えた末、私は家じゅうの本を古本屋に売りさばくことを思いついた。両親が読書家だったので、家には大量の本があった。両親が仕事で不在の時を狙って寝室に入り、壁一面の本棚から、ごっそり本を抜き取った。ハードカバーの本ばかりだったので、一冊三十~五十円くらいでは売れるだろう、と思い、とりあえず二百冊売ることにした。

 両親の寝室から自室まで、本を抱えて何十回も往復し、二百冊の本を自室に運び込んだ。より高値で売れるよう、一冊ずつ丁寧に布巾で拭い、埃や汚れを落とした。私のベッドの上では、ポン太が丸くなって寝ている。固く目を閉じ、頬の辺りが以前より細くなっていた。食欲がないので、痩せてきていたのだ。昔、テレビで見た「猫のミイラ」の姿が頭に浮かび、ブルっと身体が震えた。骨と皮だけになったミイラは、焼きすぎたスルメのように、カラカラに干からびていた。

 勝手に本を売ったことが両親に知れたら、殴られるかもしれない。でも、いいんだ。命より大切なものなんて、この世にあるもんか! いいんだ、これで・・・。

 本を拭きながら、いつのまにか涙がこぼれていた。私は小さい頃から内気で集団になじめない性格だったので、学校が大嫌いだった。そんなストレスフルな生活を癒していたのは、自室で猫と過ごす時間だ。ポン太の柔らかい毛を撫でていると、心が癒され、心地よさそうな寝顔を見ていると、胸がふわんと温かくなった。大事なポン太を助けるためなら、両親に怒られても、殴られても、きっと耐えられる。絶対に失いたくない、大切な相棒なのだ。

 その時、家の電話が鳴った。東京に住んでいる年の離れた姉からだった。世間話をしているうちに、猫の病院代を作るために、家中の本を売ることにしたんだ、と話すと、姉は「やめな!」とドスの効いた声で言った。

「本ってのは、人にとっては、ものすごい宝物なんだ。私が今すぐお金を送ってやるから、本は売るな」

 姉は一時間後、ゆうちょで一万円を送金してくれた。私はすぐにポン太を動物病院へ連れて行き、注射を一本打ってもらった。大した病気ではなく、服薬ですぐに治る軽い症状だった。

 ポン太はその後、元気になり、私の大事な相棒として共に生きてくれた。

 あれから成人し、私は両親と同様に読書が大好きになった。人生を変えるような本に何冊も出会った。一生、傍に置いておこうと大切にしている本もある。良書を読んだ後「あの時、勝手に本を売るなんて愚行をせずに良かったなぁ」としみじみ思う。今でも、姉には感謝である。